★☆★いつか見た夢★☆★

 

( 17 )

 

あの、うだるような夏の日。

蝉時雨がジンジンと耳鳴りのように鳴いていた。

まぶしい夏の日差しが真っ白な日傘に照りかえって、キラキラとまぶしい陽光に、わずかな陰を落としていた。

白い傘と、白い服が夏特有のねっとりとした風に揺れる。

『必ず、帰ってくるから』

『いいこにして、まってるのよ』

『あなたを、誰よりも、愛しているわ・・・・』

繰り返される呪文をかき消すように、最後の力をふりしぼって鳴いている蝉たちは、わずかな命と引き換えに、その歌声を惜しみなく披露している。


『心配しないで、まってろよ』

『三年なんて、あっと言う間じゃないか』

『愛してるよ、智規』

あの日も。

都会の殺伐としたコンクリートの森の中で、蝉時雨が鳴いていた・・・・・

『まっているのよ』

『まってろよ』

同じ言葉が、何度も何度もリフレインされる・・・・・

涼やかな優しい母の声と暖かい、俊樹の声・・・・・・

『うん・・・・・僕、待ってるから・・・・必ず、必ず、帰って来てね』

涙ながらに、そう、答えた、私は一体、誰なんだろう・・・・・

約束は、あのときも守られはしなかったのに・・・・・

母は二度と戻ってはこなかったのに・・・・

どうして、私は、また、同じ過ちを繰り返したのか。

約束など、決して守られはしないのに・・・・・・


「ふっ・・・・うぁ・・・・・!」

小さな叫びとともに神谷はガバッと、上体をベッドの上に跳ね上がるように起こした。
神谷の心と共鳴したみたいにスプリングが微かな悲鳴を上げる。

嫌な夢だ・・・・・・・・

いつの間にかうたた寝してしまったのだろう、付けっぱなしのテレビが薄暗い部屋に明かりをもたらし、エアコンのタイマーが切れた部屋で神谷の身体はじっとりと汗に濡れて、パジャマが不快に張り付いている。

三津浦との関係は、大学時代に始まった。

二人が知り合ったきっかけは、椎名と同じく、たまたま、大学も住まいも同じ、それだけのことだった。

今でも、それほど人付き合いの良い方ではない神谷だが、そのころはそのストイックな外見が際だつような孤高の人だった。
そんな、神谷が気にかかるのか、三津浦はなにかと、神谷の世話を焼いた。

はじめは、堅く閉ざされていた神谷の心も次第に三津浦の人なつっこい人柄と優しさに溶かされ、次第に心を開いていき、三津浦が求めているものがただの友情だけでは無いことに、気づいたときにも神谷は三津浦を拒もうとはしなかった。

こんな自分でも、母にさえ捨てられたこんな自分でも、愛してもらえるのだと思えることが神谷にはとってとても幸せなことだったのだ。

神谷のもとに訪れた穏やかな日々。

そのころは小さな幸せの形が見えるような気がしていた。

三津浦と二人で過ごす優しい時間が好きだった。

触れる肌も。

甘い囁きも。

すべてが真実だと信じていたあのころは・・・・・・・

だが、信じていた真実はある日突然、あっけなく崩れてしまう。

4年遅れて、HAZAMA電子に就職した神谷は、どうしてすんなりと、自分が三津浦と同じ会社に就職できたのか、どうして自分が誰もが憧れる第一開発部へとすんなり、配属されたのかを、三津浦の海外転勤とともに知ることになる。

私もつくづく、間が抜けている。

神谷は、不快な汗を流すために、バスル−ムに向かいながら、苦笑を漏らした。

『就職試験なんか受けなくてもいいよ。
俺の会社、今、智規のような人材をさがしててさ、面接だけで言いように、俺、話しつけて来てるからな。
その面接も形式だけだからさ、な?』

満面に笑みを浮かべ、神谷を腕の中に抱きながら、そういった三津浦のことばを、なんら疑うこともなく神谷は信じてしまった。

そして、三津浦の言葉通り、神谷はたった一度の面接だけでHAZAMA電子に就職出来たのだ。

自分のほかには誰もいない、そして決して面接室などには使われることのない専務室で。

ただの、平社員の紹介で、専務直々面接をするなんてことに、いくら研究室に籠もりっきりで世間を知らない神谷とはいえ、神谷もわずかな疑念を持ったのだが。

まさか・・・・・・三津浦と専務のお嬢さんとの間に縁談が持ち上がっていることなど、そのときの神谷には思いつくことなど出来るはずもなかった。

愛してるとどれだけ囁かれただろう。

愛してると・・・・・・

お前だけなのだと・・・・・・・・

愛なんて、つまらない。
信じるから、裏切られるんだ。

キュ!!っと勢いよく捻った、冷たいシャワーを神谷は一気に頭から被った。

過去の記憶のすべてをこの水が流し去ってしまえばいいのに・・・・・・