★☆★いつか見た夢★☆★

 

( 7 )

 


「あ、ここで良いです。ありがとうございました」

神谷はエントランスの入り口の少し手前で、さっきから何か考え事でもしているのか、やけに寡黙になっている高瀬川に声を掛けて車を止めて貰った。

「ああ、おやすみ」

「おやすみなさい・・・」

車を降りてバタンとドアを閉じるとすぐに、運転席側の窓を開けた高瀬川が神谷の名を呼んだ。

「なにか、私、忘れてますか?」

ボンネット側からぐるりと運転席の方に廻った神谷に高瀬川がいつにない真剣な瞳を向けた。

今夜、平日だというのに神谷を呼びだしたのも、もともとこの件を小耳にはさんだからだった。
この話を神谷に伝えるべきかどうか高瀬川は1日思案していたのだ。

「あのな・・・神谷・・・・・」

「はい?」

無邪気に聞き返す神谷に高瀬川の言葉が止まる。

まだ、ハッキリと決まった訳じゃない・・・・・
まだ神谷に伝えるのは早いのかもしれない・・・・

「いや・・・なんでもない」

「どうしたんです?今日は変ですよ。急に呼び出すし」

クスクスと笑いだした神谷の身体に、

「そうか?じゃぁ・・・治してくれ」

苦笑を浮かべながら腕を延ばし、車の中に頭を引き寄せると、柔らかな唇を奪った。

正式に決まったら、発表の前に教えてやればいいんだ・・・・
なにも、今でなくていい・・・・

今はこのままで・・・・

☆★☆

なんなんだよ・・・・・アレ・・・・・

メールボックスの影に隠れて、ドキドキする胸を押さえながら、敦は呟いた。普段着のゆったりしたスエットパンツに包まれた膝頭が僅かに震えている。

今の相手・・・あれ、どう見ても男だよな・・・・・
じゃぁなんで神谷さん・・・あんな奴と・・・・

教育係の広瀬が人事課の方に呼び出されたために、珍しく定時に仕事を終えて帰宅した敦は軽い夕飯を自炊で済ませたのだが、ビデオに取って置いた洋画を見ていたら何となく小腹が空いて、角にあるコンビニにちょっとしたスナック買いにエントランスまで降りて来たところだったのだ。

敦の視線の先には、走り去る車に片手を上げている神谷がいた。

車は前に見たことのある、あの、白いセルシオだ。

ついさっき、敦はハッキリと見てしまった。
車から降りた神谷が男に呼び止められたのか、運転席の窓に寄ったとき、中から紛れもない男の腕が伸びてきて神谷の頭を引き寄せたのを。

口づけるのを確認した訳じゃない。
夜半過ぎ、ポツポツと立つ街頭に照らされてるとはいえ、さほど広くもない道は薄暗い。
ましてスモークの掛かった窓ガラス越しに二人の寄せ合った唇が触れているかどうかなど敦にはわからない。
だが、その行為以外にあんなかたちで、男が神谷を引き寄せる理由が思いつかなかった。

ドクン・・・・とこめかみのあたりで大きな音がした。

神谷さん・・・キスされたんだ・・・・・

あの男が神谷さんの恋人?

神谷さん、恋人いたじゃないか・・・・
俺、最初にあったときからいつか見てみたいって思ってた。
あのストイックな人が時間も忘れて夢中になるほど、素敵な彼女なんだろうなって・・・・

なのに・・なんで・・・・・

も、もしかして・・・・

もしかして・・・あの朝俺が聴いたのは・・・・

まさか・・・

神谷さん自身の声なのか?

その瞬間、敦の心臓が激しく音を立て騒ぎ始めた。

ドキドキドキドキ・・・と早鐘を打ち鳴らすような勢いで。

妖しく、艶めかしい喘ぎ声が敦の脳裏に蘇ってくる。

う・・・うそだよな・・・
そんなはずないよな・・・・

そ、そうだ・・・確か、カズキって・・言った。

あの時確かあの声はそう呼んだはずだ・・・・・
俺は今の今まで、神谷さんの名前が「カズキ」なんだと思ってたんだ。

でも、もしかしたら違う?

神谷がエレベーターホールに消えてしまうまで、ギュッと胸を押さえたまま、メールボックスと柱の隙間に大きな身体を押し込んでいた敦は足音が消えると、薄暗がりの中でメールボックスの名前を必死に目を凝らして、神谷の名前を捜した。

あった・・・・・

『神谷智視』

とものり・・・・

ともみ?

どっちにしたって、どう読んだって「カズキ」なんて読めっこないよな。

やっぱり・・・あの声は神谷さんの・・・・だったんだ。

あ、あんな・・声・・・出すんだ・・・・
さっきの男の下で・・・・・

敦の顔がカァッっと夜目にも真っ赤に染まる。

どこか大人に成りきれない中性的な神谷の容姿。
その神谷を引き寄せる逞しい男の腕。
考えれば何か今までしっくりとこなかった何かが、パズルをはめ込むように繋がっていくような気がした。

神谷の恋人が女の人だと思っていたときは何ともなかったのに、相手が男だと知った途端、にわかに想像は現実のものとなって、やるせないような切なさを敦は感じていた。

神谷さん・・・

なんか、俺・・・・胸が苦しい・・・・・・

これは・・嫉妬か?

俺、相手の男に妬いてるんだ・・・・・

そっか・・・・・俺・・・

俺・・・もしかしたらずっと・・・

初めてあったときからずっと・・・・
あなたが好きだったのかもしれない・・・・・